20170615

近日中に収録予定のJSRに向けてジョージ・クリントン御大の自伝を

読み進めていますがあまりに面白く、かつ自分でどんどん脱線して

調べ物をしているので全く読み進みません。

当面しばらくはこの本をベースに脱線しまくりでJSR収録していこう

と思っております。


恥ずかしながらP-Funk関連の音源も全然聞いてきてないので

これを機に聞いていこうと思います。



「国境を越えてパナマに足を踏み入れたときからすべてが変わったんだ」—— DJベト(サウンドウェイ)インタヴュー前編 | Tokyo Sabroso

前回の記事では彼が関わったサウンドウェイの6作品を紹介したが、いよいよロング・インタヴューでベトのバックボーンに迫ろう。 まず、前編。80年代初期、ベイエリアのパンク/ハードコア〜初期エレクトロ〜バリオ・オールディーズに狂っていた若かりしDJベトは、どのようにしてラテン・ミュージックの底なし沼にハマりこんでいったのだろうか。パナマの各都市に辿り着き、ひょんなことから未知のレコードと出会ってしまった際のエピソードは鳥肌もの。手探りでパナマ音楽奥の細道を突き進んでいくその姿には感動すら覚える。また、後半にはDJベトが交流を持つDJ/パーティーの名前が多数出てくるが、ここで展開されているのは、アメリカにおいてトロピカル・ミュージックのネットワークがどのように形成されているのか、その見取り図ともなる話だ。 世界的なムーヴメントとなりつつあるトロピカル・ミュージックとはいったい何なのか? その答えを探るうえでの重要なヒントも隠されたDJベトのロング・インタヴュー前編。インタビューにも出てくるニューヨークのクラブ「THE 303」でのDJベト&ウィル・ホランド(クァンティック)の素晴らしいライヴMIXでも聴きながら、ゆっくりとどうぞ。  Interview by 大石始 & 森本英人ーー生まれはどこですか? また、ラテン音楽には幼い頃から触れていたんでしょうか。DJベト : 生まれはカリフォルニア州サンフランシスコ。両親は典型的な50年代育ちで、父はいつもオールディーズを口ずさんでいた。ドゥーワップだね。踊りもうまかったよ。母はシュープリームスのファン。僕自身は70年代からラジオを聴いて育った。カントリー、ディスコ、ファンク、バラード、なんでも聴いた。母が言うには、僕が最初に覚えた言葉のひとつは「スティーリー・ダン」だったそうだ。 いとこの影響でヘヴィメタルもよく聴いていたよ。特にブラック・サバスとAC/DC。今でも好きなんだ。80年代のはじめの頃は友人の兄貴がパンク・ロックをやっていて、僕もサンフランシスコで行われるパンク・ロックのライヴには行きまくっていた。最高だったな。なかにはヒドいものもあったけど、総じて最高に楽しくてクリエイティヴなシーンだった。ちょうど初期のヒップホップも出てきた頃で、少なくとも僕や友人たちにとってはマゴトロンやランDMCを聴く一方で、地元のパンク・

tokyosabroso.com

昨日も紹介したこちら 本当に面白いですしなんと今週末来日するそうですよ。


どうせならレコード買うなら自分の価値観で、これぐらいハードコアに買いたいものです。

「有名なレア盤より無名なオレ盤を」

ラテン風味地味~ソウルは本当に欲しくて色々探していますが、




この人は凄いです。




明日です。自分は23時過ぎからの地味~ソウルです。


21日(水)松山のSAADIA RECORDでこんなのやります。

どなたでも参加OKですのでレコードとビール持って

遊びに来てください。

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